« 7 月・文月のさらり | トップページ | ★江戸の帯結び「貝の口」の色々〜(^3^)/★ »

2010年7月 1日 (木)

★今日は、しっかり「花魁衣装実演」のご報告(^_-) ★

ご覧の通り〜もう華やか艶やかの一言です!

「花魁」おいらん…これは中国から来た言葉〜♪
花魁道中で、ご贔屓の花魁が通る際に「おいらの○○〜!」と名前を掛ける時の「おいらの〜」が〜おいらん♪になったと、冗談のような本当の話しだそうです(^^ゞ

「花魁の街」を「色街」
「芸者衆の街」を「花街」と言うそうです♪

それから、花魁衣装のあの裾の綿入れは、四重になっていて、長く座っている花魁の「座布団」の役目があったとか〜♪

あの高下駄も、土台は木ですが…なんと逃げ出さぬ様に「鉄」を入れてあったそうで…、だから、あんな八の字歩きだったんでやんすねぇ〜(-_-;)
人の肩を借りなきゃ…とても歩けたモンじゃない!

衣装は、長襦袢の上に打ち掛けを二枚羽織る…簡単な物。ただ、長襦袢の片方の襟だけ返して「赤」を出します♪
ドキッ!と…艶っぽい色ですが、「赤」は女性にとって「魔除け」の意味がありました♪(^_-)
帯も、二部式になっていて、前に帯枕を挿しダラリと垂らしただけ♪
ただ…実演中は正面に着付師が、ずーっと…(-_-;) 全く仕事が見えないままの仕上がりで、観客は全員、ガッカリ!
唯一、残念な事でした…m(__)m

20100627114001
20100627113902

☆今回、参加出来なかった…マダムから♪
素敵なメールを頂きましたので、ご紹介致します(^_-)


「実は私には、花魁衣装、馴染みがあるんですよ〓
下関では先帝祭というお祭りがあり、花魁道中が有ります。
市内を歩き、最後は、壇之浦の戦いの後、安徳天皇を奉ってある赤間神宮まで行きます。朱塗りの水天門が美しい神宮です。

ここ下関は平家の最後の生き残りが隠れ住んだ街ですが、入水した安徳天皇のお遺体を見つけた網元の子孫が、毎年、代々、安徳天皇と平家の人々をしのんでお祀りをして、いつのころか、平家の子孫の花魁の道中があったそうです。

現在まで網元の子孫は男性が下関に残り先帝祭を続けています。時代が変わっても花魁道中はずっと続いています。
太夫、女官、稚児らによる、豪華絢爛な道中です。日本舞踊を習ってる方から現代の道中メンバーは選ばれます。独特の足さばきは難しいそうです。

しばらく見ていません。久しぶりに思い出しました。
機会があれば、ぜひ、下関の花魁道中を見て欲しいです〓」


是非、是非!見たいですねぇ〜(^3^)/
日本には、素敵な行事が一杯あります♪
あ〜あ〜、ドラえもんの「どこでもドア〜」が〜欲しいでやんすぅ(>_<)

20100627114703
20100627114904
20100627114905
20100627114906


ブログ村 ファッションの豆知識
ブログ村 ふだん着物
ブログ村 着物・和装

|

« 7 月・文月のさらり | トップページ | ★江戸の帯結び「貝の口」の色々〜(^3^)/★ »

コメント

花魁の衣裳や、下駄には意味があったのですねぇ~!
話は少し変わるのですが、安徳天皇なのですが、私の町のお祭りがあるのですが、(大の祭り好きなわ・た・し)町内ごとに山車を出すのですが、我が町内は、水神様があり、お神輿があがった場所があり、水神イコール安徳天皇とされており、山車の上には安徳天皇の人形が乗せてあります。
文献も保存されています!海に身を投げた安徳天皇は、水神として、祀られるようになったのでしょう。
ちなみに町内は全部で8町内があり、個々に違う神様を乗せています。
又、話は変わりまして、日光江戸村に行ったことはありますか?
下関に行けない人は是非行ってみてください!!
花魁道中がみられますよ!
そのほか江戸の催しものが見られます(^^)V
茨城にも、江戸の町並みがあるセット村があります。
ただし、ロケがほとんどなので、日光江戸村のような催しはありませんが・・・・
私は江戸村が大好きで何度か行ってます!!
一度は身に着けてみたい衣裳のひとつです!!
十二単・・舞妓さん・・芸者さん・・艶やかですねぇ~


投稿: アマテラス | 2010年7月 2日 (金) 01時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ★今日は、しっかり「花魁衣装実演」のご報告(^_-) ★:

« 7 月・文月のさらり | トップページ | ★江戸の帯結び「貝の口」の色々〜(^3^)/★ »